山口直哉「森と水の四方山話」vol.01

フライフィッシングにおいて日本トップクラスの腕前を持つフライマンであり、森や川に造詣の深い山口直哉さん。ウォーターズ・リバイタルPj.の活動に共感したという山口さんに、連載コラムを執筆していただくことになりました。川や森と共に生きることの豊かさを感じさせてくれるコラムですので、ご期待ください。

豊かな森は豊かな川を育み、そして豊かな海を作り出す。


川本来の姿とは?

広葉樹の森は保水力に優れ、水害を防ぐ能力を備えています。広葉樹の森を流れる水量の増減が少ない川は、苔や藻、水生・水際植物が繁茂し、多くのプランクトンを育みます。栄養価の高いその水質には多くの水生昆虫が棲息し、それは渓流魚、すなわちヤマメやイワナの生育にも絶好の環境となります。

ミズナラとハルニレの原生林

ミズナラとハルニレの原生林。

また広葉樹の森は多様な生物相を持ち、昆虫類や鳥類、野生動物の楽園で、我々人間にも山菜やキノコなど太古の昔から多くの恩恵をもたらしてくれました。

ソフトボールよりひと回り大きい大型のヤマブシタケ。薬用効果も高い。

ソフトボールよりひと回り大きい大型のヤマブシタケ。薬用効果も高い。

ここまで開くと虫が付いてる事が多いウスヒラタケ。

ここまで開くと虫が付いてる事が多いウスヒラタケ。

中流域から下流域にかけての川岸には葦などの植物が生い茂り、それは小魚や小動物のゆりかごになると共に、それらを捕食するサギなどの鳥類の飛来地にもなっています。

さらに、川は栄養価を増した水や土砂を河口へと運んで干潟を形成し、その砂泥には有機物を分解するバクテリアや微生物が多数存在します。それらは汚濁物質が直接海に流れ出すことを防ぐフィルターとしての役割を担っています。

また、干潟にはゴカイなどの多毛類や、水の浄化作用を持つアサリ・アオヤギなどの貝類、エビやカニ・シャコなどの甲殻類、ハゼ・キス・スズキ・カレイなどの魚類などが多数棲息します。それらの生き物をエサとするシギ・チドリなど鳥類も飛来し、沿岸や沖合には豊富なエサに誘われてさまざまな魚類が棲息・回遊して来ます。

広葉樹の森を連鎖の源として、川から海へと繋がる多様で豊かな生物相・生態系を形成

しかし今、わが国の多くの森は高度経済成長期以来、そのほとんどが杉や檜の植林になっています。杉や檜などの針葉樹の森は、根が浅く保水力が乏しいだけでなく、生物相も貧弱で森に生命感がありません。

保水力が低い山は土砂災害を引き起こしやすく、そこを流れる川は度々氾濫を繰り返します。そこで人間は、河川災害を抑える目的で砂防ダムを築き、また川岸や河床をコンクリート化しました。

砂防ダム・堰堤は景観を損なうばかりでなく、その多数が土砂で埋まったまま整備されることなく放置され、期待された機能を保持していないのが現状です。そのうえ、古い堰堤では魚道がなかったり、魚道が設置されているものの機能してないことも多く、鮎や鮭、サクラマスなどの遡上魚の生活をも奪ってしまいました。

岸を自然の浄化作用がある水際植生からコンクリート護岸に変えることで水質はさらに落ち、水生生物の生息場をも取り上げてしまっています。天然のフィルターの役割を持つ干潟は、残念ながら経済目的で利用するためにその半数近くが干拓されてしまいました。

このように、失われてゆく自然を憂いた「ウォーターズ・リバイタルPj.」の下記のような活動方針に賛同し、自分の経験や知識が微力ながらも役に立てれば、という思いから協力させていただくことにしました。

● 経済価値のなくなった手入れのされていない杉や檜の植林地を伐採し、代わりにブナやミズナラなどの広葉樹を植え、可能な限り原始の森に近付けたい

●少ないながらもまだ残されている本来あるべき川の姿を保つ、美しい清流の保全

●砂泥で埋まって機能していない堰堤を整備・改修し、場合によっては取り壊す。また鮎や鮭・サクラマスなどの遡上魚が自由に行き来できるように魚道を維持・管理し、機能していない魚道や土砂で埋まってしまった河口を整備する手助けをしていきたい

●川をとりまく地域の活性化

当コラムでは今後、森の話、川を取り巻く環境、堰堤や河川改修についての話、またフライフィッシングや昆虫・樹木・山菜・キノコのことなど、思いつくままにお話してまいりたいと思います。

今回は第1回目として、森と川の本来あるべき姿、海へと繋がる連鎖のメカニズムとその現状についてお話しましたが、最後に自己紹介をさせて頂きます。

釣りや昆虫採集に夢中だった少年時代

昆虫少年だったボクは小学校に入学する頃には図鑑に載っている昆虫の名前すべてを覚えていました。

自宅は武蔵野台地の東端に位置し、昭和40年代にはまだまだ雑木林や空き地が残っていて、その頃のもっぱらの遊びはクラスメートと野球や昆虫採集でした。

4月になるとツマキチョウが飛び交い、5月になるとコクワガタが採れ始め、6月のニイニイゼミが鳴き始める頃には栗の花にシロテンハナムグリが集まり、7月に入るとクヌギの樹液には昼はゴマダラチョウやカナブン・クロカナブンが、夜から早朝はカブトムシやノコギリクワガタがひしめき合っていました。また庭にはスモモの木が3本あり、当時のスーパースター、ヒラタクワガタが落ちた実に潜り込んでいる事もありました。

毎年夏休みには祖父が所有していた那須の別荘に行き、図鑑でしか見たことがないスミナガシやオオヒカゲ・ミドリシジミ類などの蝶や、ノリウツギの花に集まるハナカミキリ類、オオルリボシヤンマやハッチョウトンボといった虫達に大興奮したのを覚えています。

友人達も夏になるとクワガタやカブト虫には熱中しましたが、ボクは昆虫すべてに夢中になりました。クワガタはもちろん、カミキリムシ・ゲンゴロウ・蝶・セミ・トンボ・バッタ・果てはクモまで、なんにでも強い関心を持ったのです。

奥日光千手ヶ原のゴマナに集まるヨモギハムシ。

奥日光千手ヶ原のゴマナに集まるヨモギハムシ。

7〜8歳の頃、ザリガニ捕りから始めた釣りは、室内釣り堀の金魚釣り、近所にある石神井公園のボート池でのクチボソ釣り、荒川の吸い込み仕掛けの鯉釣り、三宝寺池(石神井公園)でのブラックバス釣りと徐々にステップアップし、当時流行り始めたルアーフィッシングに憧れ、どっぷりハマりました。釣具メーカーから取り寄せたカタログと毎晩にらめっこし、「アレ買って次はコレ買って・・・」と妄想の毎日でした。憧れのスウェーデン・アブ社のリールをお年玉で買ったときなどは、四六時中イジリ倒し、寝床に持ち込み「イジっては枕元に置き」を繰り返し、中々寝付けなかったことも度々ありました。

野球、釣り、昆虫採集に夢中で多忙な小学生時代でしたが、中学に入学し少し経つと興味も遊びも少しずつ違う方向に向き、徐々にそれらから遠ざかってしまいました。

大人に再び釣りや昆虫採集に情熱を燃やす

釣りに本格的に復帰したのは21歳、昆虫は28歳の時でした。大人の釣り・大人の昆虫採集は、子供時代には不可能だったことが簡単にできるようになりました。憧れだった本栖湖や中禅寺湖、銀山湖に通い、初めてイワナやブラウントラウトが釣れた時は全身の震えが止まらず、その後の人生を左右するほどの衝撃を受けました。

新緑の中禅寺湖と男体山。

新緑の中禅寺湖と男体山。

黄金色に輝く中禅寺湖のブラウントラウト。

黄金色に輝く中禅寺湖のブラウントラウト。

ブルーのシャドウに釣り人は惑わされる。

ブルーのシャドウに釣り人は惑わされる。

そしてルアーフィッシングからフライフィッシングに転向すると同時に全身全霊でのめり込み、週3〜週5で中禅寺湖をはじめとした水辺に立ちました。

新緑が眩い東北の渓流で大きな美しいヤマメを釣ったときは、達成感とともに、美しい流れを前に「何て贅沢な時間を過ごしているのだろう」と感動し、そのシーンはまるでスチール写真の様に脳に刻まれています。

虫は、南会津で憧れのオオクワガタが灯火採集によって採れることを知ったのがきっかけでしたが、数年後にはカミキリムシ採集に夢中になりました。

カミキリムシは栃木県だけでも約300種、日本に約900種以上存在し、種ごとにそれぞれ異なった食樹があります。さらに種ごとに材の状態の好み(生木・衰弱・立枯れ・倒木など)や部位の好み(樹皮・樹皮下・辺材部・材部・芯・枝など)があります。また生態不明種も未だ多く存在します。

珍種を採るには生態や分布を詳細に把握し、そして予想し、樹木の知識も必要不可欠になります。それらの要素を分析し、初めて発見できたときの喜びは筆舌に尽くし難いほどです。また、こうして得た樹木や森の知識は、後年山菜採りやキノコ狩りにも活かされることになります。

現在はフライフィッシングロッドの開発・製造に取り組みながら、中禅寺湖の原生林の中でのフライフィッシングや東北地方の美しい渓流でのヤマメ・イワナ釣り、昆虫ではカミキリムシやタマムシ、その他の雑甲虫の採集・観察や調査に情熱を傾けています。


山口直哉

1966年東京都出身、東京在住。子供のころから生き物が大好きで海、山、川と駆け巡り、自然と木や水、山と海の関わりといった知識を習得。20代になり、フライフィッシングにのめり込み、その後、虫取りや山菜、キノコ採りと趣味の幅を広げていく。現在はフライロッドCapturedの制作や、専門誌執筆などに携わる。(有)リセント勤務

 

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