山口直哉「森と水の四方山話」vol.07

ヤツボシカミキリというカミキリがいる。

トホシカミキリ族(サペルディーニ)に分類され、この族は美麗種が多く、また成虫は葉を後食するという特徴がある。

本種は美麗種揃いのサペルディーニの中でも、鮮やかなスカイブルーに名前の通り8個の黒点が並ぶ最美麗種の1つと言っても良く、その美しさと得難さから非常に人気が高い。

ヤツボシカミキリ♂

ヤツボシカミキリ♂

 

ヤツボシカミキリ♀

ヤツボシカミキリ♀

ホストはナナカマド、アズキナシ、などのバラ科の樹木が知られ、成虫はハルニレ、アズキナシの葉を後食する。

少し古い話になるが、私が本種を初めて採集した2000年に遡る。

当時はカミキリ採集に本格的にのめり込んでまだ数年、未採集種の採集や新しい発見の連続で毎回刺激的な採集行だった。そんな中サペルディーニにハマっていた私は、次の狙いをヤツボシカミキリに定めた。

当時分かっていたのは奥日光では湯元で記録がある事と、成虫がハルニレの葉を後食する事と、ホストがナナカマド、アズキナシの衰弱状態である事くらいだった。

まずはナナカマドを探す事にした。

ホストの状態が限定的な事から、ぽつんと1本だけ生えているのでは無く、出来れば近い場所にある程度まとまって生えているエリアが理想だ。幸いそれ以前の別種の採集やロケハンで、奥日光エリアの何処に何の木が生えているかはある程度把握していたので、「確かあそこら辺にナナカマドがあったな」と記憶にあるエリアを順に見て行く事にした。

目星を付けたその場所はポツリポツリ、点々と直径15〜20cm程のナナカマドがあり、枯死部や半枯れ、枝枯れがあるような木が多く見受けられた。

「羽脱口でもないかな」と観察してみる。

5.6本目くらいだろうか。丹念に観て回ると枯死部の周りに直径4.5mm程の羽脱口らしき丸い穴が開いていた。穴の場所的にかなり怪しい。大きさはヤツボシカミキリに合致する。

他の可能性としては普通種のハンノアオカミキリやヤツメカミキリなどが挙げられるが、「ヤツボシの可能性がかなり高い」と直感した。

他の木も観て周るが怪しい半枯れの樹は数本あるものの羽脱口は見つからず、簡単ではないと感じつつも「間違なくいる」と確信した。

その後、葉をスウィーピング(葉を網で掬う採集方法)したが、目当てのヤツボシは採れず、クロニセリンゴカミキリやシナノクロフカミキリ、ピドニア(ヒメハナカミキリ)の仲間がネットに入った位だった。

7月上旬の15時頃と時期、時間的には申し分ないが、曇り空で気温がかなり低いのも影響していたと思う。

翌日は午前中中禅寺湖で釣りをし、14時位に同じ場所に行ってみた。

うっすら雲がかかる程度の晴空で気温も申し分ない。

怪しいと目星を付けた樹を順に見回りスウィーピングしてみる作戦だ。

2本目の木。地上120cmくらいの場所で二股に分かれ、片方は衰弱し半枯れ状態。

その半枯れ部分に真っ青のカミキリが止まっていた。直ぐに手を伸ばし、壊れないようにそっと素早く指で掴んだ。メスだった。恐らく産卵に来ていたのだろう。

読みが的中したとはいえ、あまりにあっさり採れた事に驚いたが素直に嬉しい。その後も木を見て回り1頭追加、葉のスウィーピングで2頭追加することが出来た。発見出来た樹は3本。複数の木から複数頭得られた事で、偶然ではなく、今後も確実に採集出来るであろうと感じた。

更に別のエリアに車を走らせる。
ここでも同様にナナカマドを見て回る。すると高さおよそ3m程の樹の、2.5mくらいの高さの枝葉に、それらしき甲虫が飛来してとまるのが目に入った。ネットで掬い落とすとヤツボシのメスだった!

その後しばらくその樹を見ていると、ポツリポツリとヤツボシが飛来して来るではないか!

その樹は急斜面に生えており、周辺には点々と良さげなナナカマドがある。飛来する方向から観て、周辺にある複数のナナカマドから飛来してくるのは確実だが、急斜面故に他の樹を見回る事は出来ない。

しかし新しい発見が出来た。

オスメス関係なく同様に葉に飛来する事が分かった。ホストになるであろう木の、樹上を見上げて飛来を待伏せするという採集方法が有効だと分かったのだ。

ナナカマドの葉を後食した形跡は見つからない事から、木から木に移動する際、直接幹に飛来するのではなく、一旦葉に飛来してから、メスは産卵場所に移動し、オスはメスを捜す為に移動するのではないかと仮説を立てた。

ではいったい何を後食しているのだろう?
成虫の後食対象はハルニレとアズキナシが知られていたが、この周辺には見当たらない。辺りに見られるのはヤマハンノキ、カンバ類、シデ類、ミヤマザクラ、ウラジロノキなどである。

アズキナシを後食する事が知られているので、同じバラ科のミヤマザクラとウラジロノキが怪しいと考えた。

また例え樹種が合致していても、飛来するとは限らない。生えている環境(孤立状態で飛来しやすい等)やその他の解明されていない何らかの条件が合わないとまるで飛来しない。

ウラジロノキとミヤマザクラが怪しいと思いつつも、樹種を問わずスウィーピングを重ねたが中々見つからない。

結局その年は目的叶わず、翌年になって成虫が後食に集まるウラジロノキを発見出来た。
その木は枯死部や衰弱など、ホストになり得る可能性は低い健康な木で、純粋に後食に集まる木といえた。

 

1.産卵木の見回り
衰弱部(幹や太枝)に産卵に集まるメス。(気温の高い日の午後2時〜4時)

2.産卵木のスウィーピング
既に飛来した個体を採集 オス.メス

3.産卵木の葉に飛来する個体を待伏せ
(気温にもよるが13時から17時30分)

4.後食に集まる木のスウィーピング

これらの採集方法で、稀で得難いと言われるヤツボシカミキリを、多い日で15頭以上得る事が可能になった。

分布や棲息環境、発生時期、活動時間、ホストやその状態等、様々なピースを組み合わせ、与えられたヒントから推測し、狙った種が発見.採集出来た時の喜びは、サカナを釣り上げた時の感情と同様、達成感に満ち溢れる。

大きくて綺麗な魚、稀で採り辛い昆虫を手にした時ほどその喜びは大きく、時には手がワナワナ震える事さえもある。

多分私は、その中毒なのかと思う (笑)

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